やな二郎

アニメ、マンガ、ゲームについて駄文をつらつらと書くだけ。主にニセコイ関係が主軸になるかと思います。

ニセコイ なぜ楽は千棘を選んだか

どーもやな二郎です。

さて、今回はニセコイで大きな疑問であろう楽が千棘を選んだ理由について色々な方の考察を読んだ私の見解を述べていきたいと思います。

まぁこれはあくまでファンの一個人の考察なのでこんなこと考えてるやついんのかい、くらいのノリで見てくださると幸いです。

では本題にいきたいと思います。

まず楽が小野寺に抱いた好きという感情。それは皆さんわかっていると思いますが、幸せ、ですよね。

16巻の修学旅行回の新幹線の中や、19巻のデパートでの買い物の最中などで、楽は「この幸せがずっと続けばいいのに」と考えています。

小野寺と一緒にいる時に感じることのできる幸せ、それがずっと続いて欲しいと思えるほど愛しい、小野寺に対しての好きはこんな感じだったのかなと思いました。

そして小野寺は10年前の約束の相手、そしてずっと両思いと来た。これってすごく綺麗ですよね。美しいと本当に思います。恋と呼ぶにふさわしいと思います。

でも楽は小野寺を選ばなかった。

じゃあ千棘に対して楽はどんな感情を抱いていたのか。

うーん・・・これは上手く説明できる気がしないんですよね。でも確かに楽は何かを感じているし、それは物語の所々に描写されていると思うんです。

私は楽が千棘に感じていた感情は、ニセの恋人を通じて得た連帯感だと思います。

199話マジコイで楽は、「俺はコレを何度も感じた事がある」と言っています

そして千棘とゲーセンで今までクリア出来なかったダンスゲームをすることに。そしてクリアして・・・

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「コレ」を感じる訳だ。

楽は千棘とニセの恋人を通じて色々なことをしてきた。そしてニセの恋人として一緒に何かをなすたびに、一緒にいるたびにドキドキする。

そのドキドキこそがニセの恋人を通じて得る連帯感ってことなのではないかという気がします。

それが、「楽しい」って思える。そしてそれが愛しく思えるようになったってことだと思います。

だからこそ楽は小野寺を振ったあと、「こいつとなら俺が想像もしなかった世界に一緒にいける気がする」と言ったのかなと思ったりするのです。「千棘とはニセの恋人を通していろんなことをやってきた。そんなこいつとならなんだって出来そうな気がする」的な意味合いがこの言葉にはあったのかなと。

楽の感じた「コレ」が連帯感だとしたら楽が千棘のことを好きだと気付く前、千棘のことを「親友」だと勘違いしていた理由もわかる気がするんです。

なんか連帯感って聞くと私の中では友情というか、絆というか、そういうものを感じさせるんですよね。きっと楽の中で千棘という存在は、友情から愛情に昇華していったんだろうな、と私は感じました。

対して小野寺は憧れから幸せという感情に発展していったんだろうと思います。物語の楽の描写の随所に「憧れ」や「幸せ」というのが見受けられますから。

そして、どちらも「好き」という感情に相応しいものだと感じます。

たしかに小野寺の「好き」よりも曲がりくねっていて綺麗ではないかもしれない。小野寺に抱いたような「恋」ではないかもしれない。けれどもそんな曲がりくねった、ニセモノのようなものでも確かに愛しいと感じられる

そして楽はそっちと一緒にいたいと思った。

そして、もうこれ以上は理屈ではないと思います。こういう人の感情って最終的には理屈ではないと思うので。

まぁあえてあげるとすれば「親近感」だと思います。

小野寺と千棘、どっちが楽にとって近しい存在だったかというと多分「憧れ」が好きの原点になっている小野寺よりも好きの原点が「友情」や「楽しい」にある千棘の方が楽の中的に距離が近かったのかなと。

・・・ふぅ

なんか上手く言えねえw

もう上手く伝えられてる気がしないっす

まあ冒頭でも言いましたようにあくまで一ファン、ましてや陰キャの感想なので、ただの落書きのようなものとして見てくだされば嬉しいです。

私の中でニセコイというのは最後まで楽がどちらを選ぶか、というのを考察させてくれた、そして読み終わって、読み返してみてまた新たな発見がある素晴らしい作品です。

でも不満がないかといったら嘘になりますけれど。

まあ要するに

古味先生の次回作に期待しています。

P.S

小野寺の告白シーンをナナシスのwhich no 4のSAKURAをバックに読むと歌詞とマッチして切なくなって泣けてくる。

ではまたいつか

※写真はニセコイ23巻 199話 マジコイから抜粋させていただきました